離婚を決意した40代の大晦日

海外小顔セラピスト育成講師から婚活アドバイザーに転身した私ですが、「どうして結婚相談所だったんだろう?」と自問自答することがあります。

そんな私のところに、オズマッチに入会を希望されている方から、こんなメールが届きました。
「結婚指輪を投げ捨てたというみさおさんのお話は衝撃的で勇気をいただきました。婚活やパートナーシップのことならみさおさんに付いて行こう!と思いました。」
と。

ああ、だから私は結婚相談所を立ち上げようと思ったのだと、その方のメールを拝見して思い出させていただいた、ある出来事があります。

新婚早々に別居生活

私は39歳でお見合い結婚をしましたが、新婚数ヶ月目で別居をしています。

彼と彼のお母さんが住む家から車で3分ほどのところにアパートを借り、私は一人暮らしをはじめました。日中は義母の病院の送り迎えをし、朝食と夕食だけ夫が私のアパートまで食べに来るという、奇妙な夫婦生活を5年続けています。

喧嘩をして別居しているわけではありませんから、普通に会話もすれば、笑いもします。夫と私は、お母さん(お義母さん)の世話をするために繋がっている戸籍上の夫婦と言ってもいいかもしれません。

私から別居させて欲しいとお願いした日、私は離婚も決意していました。でも、離婚したいとは言い出せなかったんです。その時の私は主婦であり無職。健康状態もいいものではなく、とても自立できるような経済状況と健康状態ではなかったんです。

とは言っても、これは完全に言い訳です。今ならわかるんです。「無職です、健康状態もすぐれません、だから離婚できません」これは言い訳以外の何物でもなかったのだと。

5年間迷い15分で完了した離婚届

私は本当に無知でしたし、自分で調べるという自立性もありませんでした。離婚がどんな手順によって進められるのか、全く知らなかったんです。強いて言えば、離婚届を出すと離婚が成立するらしい、程度の知識です。

15年前といえばインターネットの普及が始まったばかりの頃で、ネットから得られる情報など微々たるものだったことも、私の無知を助長させていたのかもしれません。

散々迷い、散々周りからも止められ、散々不安にかられた末に市役所へ離婚届を出しに行った日のことを、今でもはっきりと覚えています。

私は窓口で離婚の理由をあれこれ尋ねられるのだと思っていたんです。夫の悪口は言いたくない。自分を正当化するだけの発言も控えたい。でも、ではなぜ離婚したいのですか?と聞かれたら、どう答えたらいいのだろう・・・ そんな理由では離婚はできませんと言われたら、今更帰る家もないし・・・市役所の受付窓口で交わされるであろう会話を想像し、それぞれについての質問の答えをとりあえず用意していった私です。

ところが、カウンター越しに交わされた会話はたった数行のものでした。「離婚届ですね。少々お待ちください。」 だけ。なぜですか?どうしてですか?なんて、係りの人から一言も聞かれないのです。そこで私はこう思いました。そうだ、これから上の人が出てきて、その人に色々と質問されるのだ、と。

怖いな、怖いな、と思いながら一般の待ち受け席に座って待っていると、「○○さーん」と私の名字を呼ぶ声が聞こえます。 きた!いよいよきた! これから尋問が始まるのだ、と背筋が凍る思いです。

呼ばれるままに恐々と受付カウンターに歩いていった私ですが、そこで渡された言葉は、「手続きが終わりました。国民年金の手続きは3番です。」(おそらくそんな内容だったと思いますが)だけだという驚き。

一瞬ポカンとなり、頭が真っ白になりました。そしてその数秒後、笑いがこみ上げそうになったんです。たった15分で終わる手続きのために、私は5年間も恐れ慄き、必死になってしがみついていたことが、滑稽だとしか思えなかったからです。

戸籍謄本という一枚の紙で知らされる”独り”

新しい戸籍には私の名前しか記載されていません。生まれた時には父、母、姉、兄の名前が連なっていましたし、結婚した時には夫の名前がありました。自分の名前しか記載されていない戸籍謄本を見るのは初めてです。戸籍謄本という一枚の紙に、独りになってしまった自分の身を見せつけられた気がして、恐怖が襲いかかったのも、離婚届を出した日です。

確かに15分で終わる手続きではありましたが、15分前と15分後の私の社会的(法的?)立場は全く異なります。
守ってくれる人がいる状況から守ってくれる人が誰もいない状況へと、セキュリティーレベルが一気にダウンした、そんな風に言ってもいいかもしれません。

叶えたい夢に年齢制限はない

離婚届を出す数ヶ月前に、私はオーストラリアのシドニーに2週間ほどホリデーで出かけています。息抜きの為だけのオーストラリア旅行でしたが、そこで私の人生を変えてしまうほどの出来事が起こるんです。

一体何があったのかは、この動画をご覧ください。

叶えたい夢に、年齢制限はないと信じています。私は40代半ばで離婚をし、そのままオーストラリアへ1年間の留学に出かけています。

離婚も留学も、一番頼りにしていた友人夫婦から散々止められ、それを押し切っての離婚と留学だった為、大切な友人夫婦とは残念ながら縁が切れてしまいましたが、彼らの忠告を聞かなくてよかったというのは、私の正直な気持ちであり、私の中の真実でもあります。

友人夫婦から何度も言われたセリフは「もう若くない」「あなたには無理」この二つです。この二つは、彼らが私を真に心配していってくれた言葉ですから、その想いには感謝しています。

でも、私が欲しかったのは「心配」ではなく「信頼」でした。「みさおちゃんならやれる!」という、根拠のない私への信頼だったんです。

叶えたい夢に、年齢制限はありません。
あなたの夢が叶うよう、私が何かお手伝いできることがあれば、そう思って立ち上げた結婚相談所だったということを、思い出させてもらったある方からのメールであり、2年前に撮影した動画です。

【男性のお試し登録はこちらをクリックしてください】

【女性のお試し登録はこちらをクリックしてください】

error: Content is protected !!